競輪選手を引退して8年が経った。
「競輪選手という職業があるぞ、挑戦してみないか?」高校3年の夏、担任の先生が自分に掛けてくれた一言。それが、競輪選手を目指すきっかけになった。
高校2年から自転車競技を始めていたが、全国的には大した成績を挙げられていなかった。そんな自分が、仕事として自転車で稼いでいくことができるのかと不安を覚えた。
1人部活からスタートして、専門的に指導を受けることもなく、毎日100キロ走ることだけを目標に頑張っていた。中距離種目では、そこそこ走れる自信はあったが、トラックの短距離種目の要素が強い競輪選手を職業として長くやっていけるのか?と悩んだ。家族会議もした。そうこうしているうちに、競輪界には師弟関係があるということを知り、当時愛媛ではトップクラスの競輪選手にお願いして弟子入りし、師匠と一緒にトレーニングさせてもらえることになった。部活動で専門的に教えられていない自分にとっては目新しいトレーニングばかりで、自分でも見る見る力がついてくるのが分かった。
その甲斐もあって、弟子入りして3ヶ月、その秋の競輪学校※入学試験に一発合格することができた。
※現在は競輪選手養成所
競輪学校に入学し、稼げる職業はライバルたちも強力だということを痛感した。
圧倒的なスピードを持った選手にどう立ち向かうか?
それができなければ、この世界では生きていけない。
レースで自分の持てる力を出すためには、どうしたらいいのか?
いくら良いトレーニングが出来ていても、レースまで、身体の調子を含めたすべての要素が上手く準備出来ていないと力が出せない。
速さと強さは違うということをプロの世界で思い知った。
21歳でS1に昇格。その後、28年8ヵ月S級に連続在籍できた。
それなりに努力はしたが、上手くいったときは僅かで、上手くいかなかったときのほうが圧倒的に多かった現役時代だったと思う。
怪我も多くあった。そのときに苦労し考えたことが、指導者となってから役立つことが多い。
しかし、IT化、AI化、グローバリゼーションに多様性…と、世の中は猛スピードで変化してきている。
トレーニングも然りだ。
自分はわかっていても、それを選手に伝えなければ成長するスピードが遅くなる。
データの可視化、それは多くの選手、指導者に恩恵を与えるものだと思っている。
言葉で上手く表現できなくても、データ、映像から指し示すことができる。
時間を置いて指導している選手、離れた場所で指導している選手とのコミュニケ―ションツールとして利用できる。
世の中には、様々な計測機器がある。
どれも素晴らしいものだが、自分で使用した感じ、また選手からフィードバックされるデータから、Wattbikeが使いやすいと感じている。
Wattbikeから得られる情報には大きく二つがある。
パワーとペダリングだ。
それに動画を利用すれば、離れた場所からも選手の状態を把握できる。
実際、そうした方法で遠方の選手を指導している。
トレーニングの基本を大事にしながら、その選手の個性を伸ばす。
そして弱点を埋めていく地道なトレーニング。
トレーニング方法にも多様性が必要な時代がきたと思う。
●オフィシャルサイト
・元競輪選手 菊池仁志の自転車道場
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